在宅医療カレッジ特別企画2018

今年も在宅医療カレッジ特別企画に参加してきました。

テーマは「誰もが幸せに暮らせるソーシャルインクルージョンって何だ?改めて「地域共生社会」を考える」。

地域共生の話題に限らず興味深い情報と主張が多くありましたので、メモを共有します。

・高齢者を支える人の数は減るのか?
2015年、65歳以上のひと1人に対する20歳~64歳は2.1人
2040年、70歳以上のひと1人に対する20歳~69歳は2.1人
元気でいられる期間が長くなるとすると、支える人の数は変わらないという見方もできる。

・行動経済学の「ナッジ」が有効なのではないか
※ナッジは「ひじで軽く突く」という意味。金銭で行動を誘引するのではなく、ちょっとしたきっかけで人を動かす。

・どのように意思決定すべきか
5歳の子どもがインフルエンザで母親と来院。
タミフルの副作用を説明。
「どうしますか?」と医師がたずねる。母親が子どもに「どうする?」と聞く。冗談のような本当の話。子どもの判断力を考えると合理的ではない。
難しいのは医師の中でもこのケースで「お母さんが決めるべき」いう人が半分、「医師が決めるべき」という人が半分いること。

・認知症についての基本法。当事者が主体か。施策が主体か。
公明党が「認知症施策推進基本法案・骨子案」を定めた。
だが、施策が主体になってはいないか、という指摘がある。
骨子案 https://www.komei.or.jp/komeinews/p2991/
指摘 https://diamond.jp/articles/-/186770

・認知症の人と農業
オランダに認知症の人が農業に取り組む介護事業所がある
日本の有料老人ホームには、立派な施設でテレビを見てぐったりしているケースもある
農業においては、ぐったりしていることがゆるされない。いろいろな仕事が次から次へと出る。

・人里はなれた精神病院
他国では、精神病院の職員は患者と一緒に外に出た
日本の人口は世界の2%なのに、精神科のベッドは世界の20%もある

・障がいのある人の情報が世の中に伝わっているか
当事者が声を出せる雰囲気が足りないのではないか
主張することを遠慮してしまっている現状がある

・成年後見を誰がするか
2000年のときは90%くらいが家族だった
今は弁護士や司法書士など士業の人が中心
しかし本来は誰でも後見人になれる
市民後見が広がっていくべきではないか

・組織中心社会か個人中心社会か
個人中心社会にうつってきているが、権威への回帰もみられる
トランプ政権。ブリグジット。

・GDPが上がっても生活満足度は高まらない。
That's not my GDP.

・官に頼るか、自分でやるか
年金問題のとき厚労省は頭を下げたが、エラー率で考えるとそれは高くはない
一人ひとりが行動し、「いいね」で拡がるのがよい

・何が人を元気にするのか
歩行障害があるクリニックやデイサービスに来ている高齢女性
居酒屋で飲んで酔っ払い、近所の人と話しているうちにどじょうすくいをはじめた
関わるだけで、人は健康になる
ただし、「利用者とスタッフ」という関係性から脱却するのは容易ではない

・自立支援とはなにか(あおいけあ 加藤さん)
事業所の庭で花を植えたらレクだけど、公園でやったらボランティア
研修に来る人。何かをしてあげようと思って来るけれど、利用者から何かを教わって帰っていく。
円背の女性。赤ちゃんをあやすときに背が伸びる。どちらがどちらを支えているか、言えるのか。
そしてこのシーンを見ている私たちは、支えられていると言えるのではないか。

・ごちゃまぜは、目指すべきもの?
楽しい、おいしい、おしゃれを追求した結果、そうなるのではないか。

・死因の推移
老衰は年々減っていたが2005年に底を打ち、その後急増
おじいさんが亡くなったときはチューブだらけだったけれど、おばあさんのときはやめよう、といった意思決定があったのではないか
http://honkawa2.sakura.ne.jp/2080.html

・地域共生も大往生も、若者にとっては縁遠い話?
こういったシンポジウムでは話題にあがるけれどもいま子育て、仕事をがんばっている人にはそもそも遠いキーワードではないのか

・専門家に任せるのはベストな選択なのか
○○専門士、など、どんどん専門家がうまれてくる
お金をかけて専門家に任せる流れもある
しかしお任せ主義になってよいのか。

・専門性や専門性を示すことが、かえって問題を引き起こすこともある
介護事業所の制服。認知症で人物の見当識障害が出ている人にとってはかえって紛らわしいのではないか。

・認知症当事者のクリステイン・ブライデン氏のことば
「デメンシア(認知症)と呼ばれる人々の異常な行動 は、異常な環境と異常なケアへの「正常な反応」なのです」
http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/090622okuma.html

・多様性があたりまえになるには
子どものころから多様性の見える地域社会にいること

・地域共生社会とは、理想の形があるものではなく
人とひととの関係性が希薄になる中で、それを回復させようとする運動そのものではないか。
果てしない運動。しかし、回復しようとし続けることが幸せだと考えることもできる。

・以前は大量生産大量消費。
しかし少子高齢化で需要自体が減っていく。
つながりを取り戻しながら、個性的で面白く生きられるように。

・未来をつくるのは子ども
しかし、「この国にうまれてよかった」と感じられる社会を今つくるのは大人の責任
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プロフィール

管 偉辰

2008年から介護×音楽の会社を11年間経営。2019年夏から転身予定。

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