「少しでも」という言葉の苦しさ

少しでもうまくなりたい。
少しでも収入を増やしたい。
少しでも人の役に立ちたい。

このように「少しでも〇〇」と言ってしまうことはありませんか?私はあります。

いずれも、心情としてはよくわかります。健気に頑張る姿が浮かびます。

けど、「少しでも」を追い続けるのは苦しい。なぜならずーっとずーっとストレッチし続けなければならないから。

どんなにうまくなっても、それより少し上のうまさは存在する。どんなに収入が増えてもそれより少し上の収入がある。どんなに人の役に立っても、更に人の役に立つことができる。

絶え間ない努力を強いられる苦しさ。

しかも、「少しでも」という意識が本質的な努力を妨げる可能性がある。どんなに小さい進歩も進歩は進歩。たとえ求める結果につながるには10000年かかる取り組み方だったとしても「自分はがんばっている」と満足できてしまう。それでは本当に欲しいものにはたどり着かない。

では、どう考えたら良いのでしょうか?

目標を具体的にすることです。特に、期限と内容を明らかにする。

2016年5月第3日曜日に発表会に出る。
2015年10月は月収を50万円にする。
ボランティア活動に割く時間を今の月3時間から2015年10月は月10時間に増やす。

「少しでも」と言ったときには何をしたらいいか分からなかった。けどこう書くと頭がキュルキュル回転を始める感じがしませんか?自分だったらどうするだろう?!

目標を定め、達成のために何をすべきかを考え、行動する。結果、達成できれば嬉しいですし、達成できなくてもそのための努力が経験として蓄積されます。つまり目標を定めることは、百利あって一害なし。

さぁ、「少しでも」という言葉は卒業しましょう。覚悟を決めて、目標達成の旅に出かけませんか?
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管 偉辰

2008年から介護×音楽の会社を11年間経営。2019年夏から転身予定。

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